経営者として

父の影響

私の亡父は機械関係の自営業、言ってみれば私にとって経営者の先輩でした。
今思えば、子どもの頃にその父の周辺で起こっていることをいろいろ見聞きした記憶から、開業医となった時にも経営者としての心構えについて少なからず父の影響を受けているように感じます。サラリーマンとして給与を保障されて平穏に送る生活より、自らがリスクを背負ってでも仕事を取ってくるような経営者としての仕事の醍醐味のようなものを父から感じ取り、医学部を卒業し医師免許を取ったときから、漠然とですが、いずれは開業すると思っていました。そして、先に弟が海外で起業していたこともあって、いざ自分が開業をしたときには、多くの勤務医の方と比べれば、経営者としての視点を持つということに対して多少有利だったのではないかな、と思っています。

とはいえそういう私も、開業当初は地域の開業医の方々との、例えばゴルフなどのお付き合いをする中で、医師という名の経営者が行う経営方法に縛られていたように思います。当時は、医療業界はブルーオーシャン、開業すれば患者さんがやってくる時代ですから、何も真剣にマーケティングを考えたり、システマティックな運営を行わなくても、自分一人が頑張ればそれなりに患者さんがやって来て、生活には困らない状況でいられたのです。

経営者としての転機

中小企業家同友会

ところが、開業から1年ほど経ったある日、私に一大転機がやってきます。弟から、経営者の集まりがあって経営の勉強ができるから一緒に行かないか、と誘われたのです。とにかく勉強になるというのです。経営者として先輩の弟は、私が生ぬるい経営をしていたことを感じ取っていたのかもしれません。その集まりが、兵庫県中小企業家同友会という全国47都道府県にある、中小企業の経営者のコミュニティで、皆で経営者としての学びを深めようという趣旨の会でした。私は弟の話に興味を持ったので、中小企業家同友会が行うセミナーに参加してみました。

医師という職業の私は、多少なりとも自分の能力について自負していたのですが、セミナーに参加する皆さんの経営者としての意識レベルの高さと経営に関する知識の広さ・深さに愕然としました。そのセミナーは誰かの講演を一方的に聞くというものではなく、グループ分けをして一つのテーマについてグループ内で自分の考えをシェアして討論し合うバズセッションという手法が取り入れられていました。少人数のグループで討論するのですから、経営者としてど(・)素人の私も自分の意見を述べなければなりません。大学の医学部では経営について学ぶ機会は一切ありませんでしたし、もちろんバズセッションをするというような経験もありません。ですから、そこに出てくる経営学的な語句や数字が全然理解できなかったのです。

経営者として目覚める

例えば、BS(balance sheet)は賃借対照表、PL(profit and loss statement)は損益計算書などで、どれも企業の経営成績を示す財務諸表です。今でこそ経営者なら把握していて当然と思えるこれらの諸表や経営学的用語ですが、当時の私はただただ戸惑うばかりでした。
開業医になって1年、クリニックをそこそこうまく経営していると思っていた私は、基本的な経営用語の知識すらなく、自分自身の経営に対する知識や理解力の乏しさを痛感せざるを得ませんでした。例えば、クリニックではどこでも比較的多く雇用しているパートスタッフにも、有給休暇が発生することも開業してから知ったくらいです。大学病院の勤務医なら誰でもそうだと思いますが、特別の用事がない限り病院に行くのが普通なこととして働いていた私にとって、有給休暇という観念そのものが欠落していたと思います。そんなままで経営者として発車していたのですから、バズセッションで皆さんに付いていけないのも当たり前です。

そして、中小企業家同友会のセミナーでは、バズセッションの後に必ず懇親会があります。その懇親会で様々な業種の経営者の方々と交流できたことで、私はさらに多くの学びを得ました。まず、医療業界は、必要経費のほとんどは人件費で占められている特殊なビジネスモデルだということを知りました。また、経営を勉強するこのコミュニティに医師は少ないことも分かりました。税理士さんや社会保険労務士さん、弁護士さんなど、いわゆる仕業と呼ばれる方は居るのに、医師は歯科医師がパラパラという程度で医科医師はまず居ません。そこに参加しているのは、小売業、農業関係、飲食店などを営む方が多く、皆さん、日々経営的に非常に厳しい現実に直面し、少しでも経営を改善して事業を発展させようと努力されているガッツ溢れる方たちでした。

そういった方々に囲まれて、ブルーオーシャンと言われている医療業界の空気に浸っていないで、自分のクリニックを大きく発展させようという想いにかられ、まずは他の業界の経営者の方々が普通に行っている経営方法を徹底的にパクろうと思いました。
中小企業家同友会に参加したことで、私の経営者としての本当の学びが始まったのです。そして、このセミナー参加がきっかけとなって、私は経営に関しては読書による独学だけでなく、世で認められている経営セミナー、自己啓発セミナーに参加してみたいと思うようになりました。

7つの習慣

最も大きな影響を与えたセミナー

数々のセミナーに参加しましたが、その中で今日の私に最も大きな影響を与えているセミナーが「7つの習慣®セミナー」です。開業した頃にスティーブン・R・コヴィー博士が著した『7つの習慣』という全世界で3,000万部、日本でも200万部のベストセラーとなった本を読んで大きな衝撃を受けたのですが、本に書かれていることを実際に体験できるというセミナーがあることを伝え聞き、参加費は相当高額だったのですが何の迷いもなく参加を決めました。実際にセミナーでは実に多くの学びがあって、経営者としての私の原点はここにあると言っても過言ではありません。

そのセミナーの中で特に印象に残ったことが、第2の習慣の「終わりを描くところから始める」、つまり、目標から逆算して行動するということです。コヴィー博士は、自分のお葬式のことを想像しなさいと言うのです。自分のお葬式で参列者に自分をどのように語られたいのか……、自分は何をもってここに生きてきたのかをイメージしてみなさいと言いました。その言葉は強く私の心に刺さり、この逆算による行動はその時から私の習慣となりました。
また、第3の習慣「最優先事項を優先する」も経営者としての私の思考の基準となっていることです。まずそれを聞いた時、最優先事項を優先するのは当たり前と思っていましたが、さらに話が先に進むと最優先事項は緊急事項でも重要事項でもなく、緊急事項が重要事項でもないと言うのです。では、いったい最優先事項とは何なのでしょう?
コヴィー博士は、物事を、
①緊急かつ重要であるものを第一領域
②重要であるか緊急でないものを第二領域
③緊急ではあるが重要ではないものを第三領域
④緊急でも重要でもないものを第四領域

……に分けています。そして、最優先事項は第二領域だというのです。なぜなら、第二領域に属する事項は時間とともに第一領域に移っていきます。本来なら重要事項はじっくり時間をかけて考えるべきなのに、緊急事項になってしまったら待ったなし、熟慮する時間がなくなってしまうからです。さらに、この第二領域に属する事項こそ、組織のトップが行わなければならない仕事だと言うのです。これを聞いてハッと目が覚めました。

時間管理と自分への投資の重要性

この最優先事項は短時間で解決できるような事項ではないので、まとまった時間を確保する必要があります。
時間を確保する方法として出てきた話が、大きな岩と小さな石をバケツに入れる話です。バケツの中に岩や石・砂を入れる際、どのように入れればたくさん入るかを考えると、まずは大きな岩を、次に石を、最後に砂を入れるとたくさんの量がバケツに入ります。
逆に砂から入れてしまうと大きな岩は入れることができなくなります。

バケツを自分の時間に置き換えて考えた時、その時までの私は石や砂を先に入れて大きな岩を入れられないでいることに気づきました。この瞬間が、私が時間管理の重要性に目覚めた時でした。当時の私にとっての大きな岩は、経営者としてはクリニックのビジョンを練ることであり、一家の長としては自分の健康管理や家族と過ごす時間だったのですが、それらの時間をあらかじめ確保せず、時間が空いたらしようと思っていたので、今まで実行できずにいたのです。
このセミナーでの学びが大きかったことで、自分に投資することの重要性も強く感じました。
私の中の学習意欲が高まったのです。学びは一生です。
今までも多くのセミナーに参加していますが、これからもどんどん参加しようと思っています。そして、そこで出会った様々な業種の優れた経営者マインド持つ方との触れ合いは、これからもずっと大切にしていきたいと考えています。

クリニック経営を安定化させるために

それぞれの役割

こんな私がクリニック経営を安定させるために特に力を入れていることは、スタッフ教育、組織と役割の明確化、PDCAサイクルを回し続けることです。
クリニックが成長するかどうかは、医師である私の腕よりも、患者さんの心に寄り添ったスタッフの対応に掛かっていると言っても過言ではありません。患者さんはクリニックにいる多くの時間を待合室や検査室、処置室で過ごされるわけですから、そこにいるスタッフの対応いかんで、患者さんに支持されるクリニックにも敬遠されるクリニックにもなり得るわけです。
ところで、開業間もない頃、私は院長である私のトップダウンでクリニック内のすべてをやりくりしていました。当然、スタッフとの間はギクシャクしていましたし、採用したばかりのスタッフが連絡もなくやって来なくなったこともあります。様々なセミナーを受けて自分のやり方を変え、スタッフを信頼して徐々に仕事の権限をスタッフに下していくようにしました。右腕となるような人材を雇用したり、スタッフ教育の充実により、各ポジションにリーダーを置けるようになりました。そして、リーダーの役割も明確に文章にしています。

通常のクリニックでは、何となくこの人がリーダー的存在だ、で済ませてしまっているかもしれませんが、この仕事に関してはAさんが責任者、こちらの仕事に関してはBさんが責任者とはっきりと決め、そのスタッフに責任と権限を与えることで、スタッフの自立を促せるとともに、最後まで仕事を全うしてもらえるようになりました。
例えば、医薬品などの在庫の確認と発注は、事務長にお願いするのか、看護師リーダーにお願いするのか、責任者をしっかりと一人決めることで、○○が切れていて大急ぎで業者さんに電話し後で患者さんに届けるということがなくなりました。

このように、一つひとつの問題・課題をスタッフだけで解決できる仕組みを考えました。
各人の役割を明確にすると、クリニック内で何か問題が生じたときに、その問題を解決してくれる人が誰だかが分かり、その問題に直面したスタッフがその責任者に問い合わせをするだけで問題が解決します。そこで解決できない問題だけが私に話が来るという仕組みができるので、私が診療や経営者としての本来の仕事以外の雑務に貴重な時間が忙殺されるということが少なくなったのです。

マルチタスクとPDCAサイクル

組織内の各ポジションの役割を明確化にする一方で、受付や会計などの医療事務に関しては、基本的にマルチタスクという概念を導入しています。 マルチタスクとは、ある業務を一つのポジションの役割に固定しないで、すべてのポジションの役割についてすべてのスタッフが理解することで、一人ひとりがクリニックのオペレーション全体を見えるようにすることですが、マルチタスクのメリットは、無駄なポジションにスタッフを配置しなくて済むことです。クリニックの業務は時間帯によって忙しいポジションがある程度決まっているので、比較的余裕のあるポジションのスタッフが、忙しいポジションに回れるような体制をとって、できる限り患者さんの持ち時間を短くするよう努めています。

次にPDCAサイクルを回し続けることですが、PDCAサイクルとは、業務を効率的に行うための理論の一つです。P(Plan)=計画、D(Do)=実行、C(Check)=評価、A(Action)=改善のことです。PDCAサイクルでは、Aまで行ったら次のPに繋げ、螺旋を描くように1周するごとにサイクルを一段階向上させて継続的に業務改善を行って業績のアップを図ります。私の自省を含めての話ですが、一般的にはP→Dで完結しているケースが多いと感じます。

しかし、業務はすべて定期的に見直しし改善する余地があると思います。そこで、いつC(評価)をするのかを決めることが重要だと考えます。例えば、さらに良い職場環境となるよう1年に1回定期的に組織診断を行い、スタッフの要望に沿った運営を行える改善を行うことなどです。
クリニックの経営者である私が目指しているもの、それは私のクリニックが「日本一のモデルクリニックになること」です。そして、発展できるクリニックの運営方法を多くの開業医の方々に発信し、ミッションである「医療をとおして日本の未来を明るくする」ことに繋げたいと思っています。